コロナ禍における「社会教育実験」


みなさん、こんにちは。今年は昨年よりも一段と寒い毎日が続いています。先日は東京でも雪が降り、すべって転んで怪我をされた方もいたそうです。


コロナ禍ということで、今後も感染者が再び増加すると思われます。みなさんもお気をつけください。


また、1月、2月は入試シーズンで、受験生のみなさんや親御さんも大変だと思います。入試当日、試験会場でクラスターが発生する危険性もあり、試験に集中するのも大変だと思います。しかし、すべての受験生が同じ条件で勉強をし、試験に臨んでいるわけです。「自分だけが劣悪の環境で試験を受けている」とは思わず、今まで頑張ってきたことを信じて試験を乗り切ってほしいと思います。


さて、今回は久しぶりに社会教育論についてお話ししてみたいと思います。


まだ記憶に新しいと思いますが、このコロナ禍は2019年12月初旬から中国の武漢市からはじまりました。今年でちょうど丸2年になります。この間、数多くの方々ウイルスに感染し、命を落とされてきました。医療従事者の方々にしても危険と隣り合わせの状態で、24時間365日態勢で今日も感染拡大を阻止するべく戦っておられます。


この2年間で、私たちの生き方、働き方、学び方は大きく変わりました。私たちは、すでに自粛生活を体験し、国内および海外への移動も制限されました。働き方にしても、多くの企業でリモートワークが一般化し、人によっては地方に移住する方もでてきました。


もちろん、学校や大学などの教育施設でも大きな変化がありました。たとえば、大学では教室や講堂に学生を集めて教員が講義を行うというスタイルから、オンライン上で講義を動画で流し、バーチャル教室内で学生同士がディスカッションをすることが増えてきました。


つまり、日本の教育界でも、今回のコロナ禍をきっかけに、遠距離教育が一般化したといえます。ちなみに、遠距離教育を英語で、Distance educationといいます。とくに英語圏では、1990年代初頭にインターネットが世に出てきたときから、遠距離教育のプログラムはすでに社会に広まっていました。


アメリカやオーストラリアなどのように、国土が広い所では、内陸部の農地で生活する子弟・子女が都会の学校や大学で学ぶことは難しいので、そうした教育プログラムが開発されていきました。また、中高年の社会人にしても、もう一度、学校や大学で学び直したい、働きながら大学院で学位を取得したいという人も多く、自宅で学べる大学プログラムも出てきました。


さらに、日本や他のアジア諸国では一般化していませんが、欧米では「ホームスクーリング(Homeschooling)」といって、学校に行く代わりに自宅で勉強して大学に進学していく子供もいます。


こうした背景から、今回のコロナ禍で、欧米の教育界も多大なる影響を受けたものの、すでに遠距離教育が発達していたので、急激な社会変化に対応することができた、といえそうです。


しかし、日本では、遠距離教育および通信教育や、ホー^むスクーリングの歴史が長いわけでもなく、また、ホームスクーリングにしても学校教育法の関係から一般化していません。そのため、コロナ禍で遠距離教育やホームスクーリングを余儀なくされたとはいえ、学習環境の変化にスムーズに適応できなかった生徒、学生、教員も多かったみたいですね。


私自身、アメリカの大学院で教育学を学んできたこともあるためなのか、コロナ禍による教育環境の変化は、壮大な社会教育実験に思えるのです。


もちろん、毎日、感染者と死亡者が続出するなかで、このようなことを考えることは不謹慎であることは百も承知です。それでも、教育学者である私の眼からして、このコロナというのは、私たちの教育環境や学び方に急激な変化を与え、私たちの学ぶ意欲や姿勢を試しているように痛感させられています。


しかし、こうした社会状況の中でも、学校や大学の教育機関は開校しております。また、とくに若い人たちは、辛くても学び続けるべきなのです。