総合と総体(3)「脳を解剖すれば『直観』がわかるか?」
みなさん、こんにちは。またまた久しぶりのブログ更新となってしまいました。
さて、前回の記事に続き、東洋医学と認知心理学(私の専門の現場主義意思決定, NDM)の関係についてお話をしたいと思います。
現在の認知科学や生物医学分野で一番ホットなテーマは、ズバリ、脳神経科学でしょう。じっさい、この分野に多額の研究費がつぎ込まれ、脳の機能をモデルとして人工知能(AI)研究にも応用されています。
その「はしり」は、解剖学者で知られる養老孟司先生の『唯脳論』(青土社、1989年)にあると思われます。今から約30年前に出版された著作ですが、その後、脳内革命、右脳、脳トレーニングなどのブームが湧き起こり、現在の人工知能論にまでつながっていきます。
唯脳論の主題は、ご自身でご一読して把握していただきたいのですが、ようするに、「脳の機能と心の機能が対応している」ということで、「心や意識、世界観などが脳から一元的に生じている」または「すべてが脳に還元される」というわけではないということです。
なんかわかりにくい話ですが、脳にはさまざまな領域や部分があり、記憶や思考は大脳新皮質というように、私たちの心や意識、認識などのは脳の特定の部分に対応しているということでしょう。
この理屈からすれば、人間、エキスパートの直観という心の働きも、脳の特定の部分に対応するということになります。もちろん、直観という心の働きは、脳の特定部分の機能と解釈することができるでしょう。
ここで重要な点は、養老氏が、解剖学者であり、西洋医学を学んだという事実です。つまり、西洋医学的な発想で、脳と心をとらえているということです。
前々回、前回のブログでも書きましたが、西洋医学とは唯物論的機械論という思考様式が支配的であり、「分析的部分観」で生命を捉えようとします。
脳神経科学と心の関係を譬えるならば、卵という生命体をいったんゆで卵にして、それを分解して検証しようとするようなものです。
じっさい、脳神経科学や西洋医学は、遺体をホルマリン漬けにして、ゆで卵のようにし、それからメスで遺体を解剖して各臓器や細胞組織の状態を検証していくわけです。学者たちは、脳の機能を、脳波やら、MRIやら、生化学反応やら、脳機能計算やらと、いろいろと分析的に説明していくわけです。
その延長線上に今流行りの人工知能研究があるわけです。だから、脳神経科学、脳機能計算学と人工知能論はまるで仲のいい姉妹のようですね。非常に相性がいい。
しかし、こと東洋医学は、生体である卵を生卵のまま、丸ごと検証しようとするわけです。
すくなくとも、生体をいったん「ゆで卵」にして、切り刻んで分析するようなことはしない。だから、西洋医学とちがって、東洋医学は解剖学が発達してこなかったともいえます。むしろ、東洋医学は、気の流れという生体の働き(西洋医学の生理学のことではない)や現象を重視してきたともいえます。
前回もお話したように、鍼灸師のような東洋医学の実践者は、体の特定の部位を診ていながらも体全体および生命全体を診ているわけです。私がいう「部分的全体観」ということです。
たとえば、真ん中の写真の鍼灸師(松田蓮山先生)は、赤ちゃんの手の状態を診ていながら、体全体の状態も把握しているわけですね。
人間の、とくにエキスパートや達人の直観のメカニズムを検証するとき、西欧医学や脳神経科学のような「ゆで卵的な生命観」では検証が難しいといえます。
つまり、脳を解剖しても、直観のメカニズムはわからないでしょうし、それを脳機能計算や脳科学的に説明したところで、実際の現場で役立つ情報かといえば、ノーでしょう(駄洒落になってしまいましたね・汗)。
こうした東洋医学的な「生卵的な生命観」こそが、人間の直観のメカニズムを解明していくうえでのヒントとなるといると思われるわけです。
あらためて、私のようなNDM研究者も、東洋医学的な発想から学ぶことが非常に多いのです。
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