鍼と気の認知科学(5)鋭いセンスメイキングの機能と効果
鍼灸の古典や教材を読んだり、ベテラン鍼灸師の先生の話をきいていると、認知心理学の勉強をしているような錯覚に陥ることが非常に多い。というよりも、鍼灸は認知心理学の応用ではないか、などとも思ってしまう。長い歴史のある鍼灸には失礼だが。。。。
『黄帝内経(こうていだいけい)』は、現存する中国最古の医学書とされ、いにしえの日本にも伝来した。
同書のうちの『素問(そもん)』篇は、中国の黄帝が岐伯(きはく)などの学者に医学や日常生活のことを質問し、その内容を編纂してできたものである。どちらかというと理論について記されている。また、『霊枢(れいすう)』篇は技術や臨床の心構えが記されている。
写真(写っているのは、プロジェクト監修者の一人、竹内廣尚先生)の左にある文章は、霊枢から引用したものである。抄訳すれば、
「鍼を打つ場合に重要なことは、鍼をしっかりと持って意識を集中することである。病者の神の状態は非常に微妙に変化するので、それをしっかり意識しておきなさい。」
ということになる。ここでいう「神」とは、「心理、意識(mind)」「精神(spirit)」「生命力(vitality)」の三つが含まれた患者の内面状態のことである。
つまり、患者の内面状態が常に微妙に変化しているわけだから、施術者はそうした変化に合わせて鍼を打ちなさい、ということを言っているのである。
これは、まさしく「センスメイキング(=察知力)」のことだ。
センスメイキングが弱いとこうした微妙な変化を読みとれず、判断を間違い、効果のない(または逆効果な)鍼を打ってしまうことになる。
さらに、研ぎ澄まされた感覚を持つということは、鍼を持つ以前に患者の心身の状態を読みとることができるようにもなる。
たとえば、北辰会の教材『体表観察学』(藤本蓮風著 / 緑書房)によると、蓮風先生は
「鼻が敏感なので、大体尿毒症の気のある人ならば、3m以内から、場合によっては5mくらい離れていてもにおいがわかる」
そうだ。
ということは、実際に問診や体表観察をする以前から病状を予想できる。いいかえれば、幅広く考えられる病状の可能性のうち、ある程度の範囲に絞ることができる。ムダな情報を収集する必要がなくなる、ともいえる。
変化を察知し、先を読むことーーこれも名鍼医になるための条件だ。
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