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鍼と気の認知科学(2)見えない「『気』と『心』の働き」を読む


前回でもお話ししたように、私たちは認知科学者は人間の「『心』そのもの」を人体(とくに脳)から取り出して調べることはできない。

同じく、名鍼医といわれるベテラン鍼灸師にしても「『気』そのもの」を患者さんの体から取り出して、気の歪を治して、体に戻すようなことはできない。

ところが、心にしても、気にしても、特有の性質があり、働きがある。それが私たちの目に見える形で現れるのである。

たとえば、あなたが夜中、道を歩いているとする。何かいるとわかっていても、真っ暗だから何も見えない。何かの実体が見えなくても、動くことで音がし、月の光で影が表れるようなものである。そこで、あなたは「あっ、猫だ」とわかる。

ところで、最近、私は月刊誌『医道の日本』(2017年9月号/医道の日本社)と鍼灸学術書『体表観察学』(藤本蓮風・著/緑書房)を読んだ。

『医道の日本』誌については、888号記念特集号ということで、88人の鍼灸師に「ツボ(経穴)のとらえ方」をインタビューがまとめられていた(一般的に、ツボを見つけることを「取穴」とよばれる)。

読んでいてわかったことは、鍼灸師によってツボの見つけ方、感じ方は異なる。

しかし、ツボとは、気が外界と体内を行き来する関所のような部分であり、ほとんどの鍼灸師にとって「診断点であり、施術点でもある」ということだ。

さらに興味深いことに、ツボとは気が去来する箇所であるがゆえ、刺激の与え方を誤ると患者さんが気分を悪くし、かえって体調を崩すこともあるという。

そう指摘するのは、同誌のP. 133-134に記事『気の去来する、診断点であり施術点』を投稿されている北辰会代表の藤本新風先生である。

また、『体表観察学-日本鍼灸の叡智』(藤本蓮風・著 / 緑書房)でも、患者さんの気の偏在が体表に現れることを説いており、優れた鍼医はそうした体表に生じる微かな変化を察知できるという。

つまり、気とは何かを定義することよりも、気の働きによって病気の原因や現象を捉えることの方が重要だということだ。

このことは、私たち認知科学者、とくにNDM研究者にも当てはまる。私たちは、心そのものを定義することが仕事ではない。

そうではなく、熟練者やエキスパートとされる人たちが、心を働かせることでどのように重要な判断と決断をしているのか、その心のメカニズムや思考プロセスを読むことが仕事なのである。

患者さんの気の動きや邪気の偏在を読むのが鍼医の仕事。そうした鍼医の意識や思考のプロセスを読むのがNDM研究者の仕事。

さあ、私の研究プロジェクトもこれからが本腰となる!

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